ホリゾンタルなAI受託も、バーティカル訴求が必須の時代に – Startup JAPAN が映した"明暗" –
先日開催された国内最大級のスタートアップ展示会「Startup JAPAN 2025」。出展社数は380社にのぼっていたとのこと。生成AIブームを反映し、会場には「AI」を掲げるブースが所狭しと並んでいました。
しかし、ブースごとの盛況さは明暗がはっきり分かれていました。常に人が絶えずリード獲得やその場で商談アポイントを多数獲得ができているブースがある一方で、スタッフが手持ち無沙汰で資料配布に追われるブースも。
この違いはどこから生まれたのでしょうか?
そのヒントになるのが、多くの来場者から聞かれた「”AI開発できます”ブースばかりで、何が違うのかわからないね」といったコメントです。
「なにかAIで新しいことを」に対する訴求の変化
この展示会の光景は、AIビジネスの訴求方法に大きな変化が起きていることを映し出しています。
そもそも、AIの受託開発がブームになった背景には、大企業のAI担当者が抱える「なにかAIで新しいことをして」「AIを活用した新規事業を検討して」といった漠然としたミッションがありました。経営層のAIへの期待は高いものの、具体的な課題設定がないまま「とりあえずAI」という状況に直面し、それに応えるパートナーを探すニーズが確かに存在していました。
しかしその時代も変わったことは明らかです。「AIでなんでもできます」「最先端技術で御社のDXをサポートします」といった曖昧な提案は、もはや刺さらなくなっています。なぜなら、具体的な成果が見えないAI投資に対する「AI疲れ」が組織内に蓄積し、「費用対効果が不明確」という理由で予算が通らないケースが増えているからです。
今、大企業のAI担当者が求めているのは、技術の汎用性ではなく「自社の特定課題を解決するソリューション」です。この転換を理解したAIベンダーとそうでないベンダーの間に、展示会での明暗が分かれる結果となったと思われます。
展示会が映し出した「バーティカル訴求」の威力
展示会を詳しく観察すると、明暗を分けた決定的な要因が見えてきました。それは「バーティカル(業界特化)訴求ができているか否か」です。
業界×具体KPIを打ち出したブースには来場者が集中。多くの場合、その場で商談日程が多数決まるなどの反響がありました。
一方、ホリゾンタル(横断型)の受託開発ブースは、名刺交換数こそ一定数あるもののアポイントや商談獲得は振るわなかったといいます。この現実は、AIビジネスが「ホリゾンタル(汎用)」から「バーティカル(特化型)」へ確実に舵を切っていることを表しているのではないでしょうか。
汎用AI受託の限界:なぜ横断型提案は通じにくいのか
かつては「AIなら何でもやります」といった汎用的なAI受託開発でも注目を集めました。しかし現在、この横断型アプローチでは商談獲得が難しくなっています。主な理由は次の3つです:
1. 差別化の困難
オープンソースや大手クラウドのAIサービスが充実する中、汎用的な提案は他社との差別化が難しくなっています。「自社で内製できるのでは?」と見なされがちで、技術優位性より「誰の課題を解くか」が評価軸になっているのです。
2. ドメイン知識の欠如
業界特有の規制や専門用語、データ形式を理解せずに提案しても、顧客から信頼を得にくいのが現状です。「この人は我々の業界を分かっていない」と思われれば、どんなに優れた技術を持っていても響きません。
3. ROIが不透明
汎用的なAIプロジェクトはカスタマイズ範囲が広く、予算や期間が読みにくい傾向があります。実際、多くのAIプロジェクトが予定より長引き、コストも超過しています。失敗プロジェクトに終わり、PoC止まりで、何の成果も示すことができません。
結果、顧客にとって投資対効果が見えにくく、発注に慎重になる大きな要因となっています。
バーティカル訴求への戦略転換:具体例と成果
AIスタートアップ各社は、こうした状況を受けて自社の強みを活かせる特定ドメインに特化した戦略へシフトしています。その具体的な手法と成果をいくつか見てみましょう。
1. ドメイン特化型チーム編成
コンサルティング色の強いAI企業では、担当チームを業界ごとに専門化する動きが活発化しています。各業界に特化した深い知見を蓄積することで、提案から開発までの質を高め、顧客とのコミュニケーションコストも削減。その結果、顧客には低コストで価値を提供しつつ、自社は高い利益率を実現するWin-Winの関係を構築できているのです。
2. 受託案件からプロダクトへ
まず受託開発で特定業界の実績を積み、見えた課題に対するテンプレートを商品化する戦略も効果的です。バーティカル(業界特化)なら受託案件で事例を蓄積し、課題と解決策が明確になってからテンプレート化することで、問い合わせも増え、より広範な展開が可能になります。
3. 業界特化SaaSの開発
はじめに特定業界や業種向けに特化したサービスやSaaSを展開し、それを基盤としたAI機能やAIソリューションを展開する企業は概ねよい成果を出しています。このやり方で一気に導入社数を伸ばした例も複数出てきています。

主要業界別:AIソリューションの成功事例
バーティカル志向が強まる中、業界ごとに特徴的なAI活用ソリューションが生まれています。
医療・ヘルスケア
医療分野では、診断支援や創薬、医療文書作成支援など様々なAI活用が進んでいます。かつて汎用AIで医療革命を目指した事例は失敗しましたが、今は領域特化型が台頭。画像診断AIや臨床試験効率化など、ピンポイントな医療課題にフォーカスしたAI企業が高く評価されるようになりました。
金融(フィンテック)
金融業では不正検知や融資審査の自動化、トレーディング支援などにAIが活用されています。金融ニュース・データに特化したモデルなど、ドメイン知識を持つAIの価値が見直され、専門性の高いAIソリューションが続々と登場しています。
製造業・インダストリアル
製造現場では品質検査の自動化、設備の予知保全、需要予測といった分野でAI導入が進展しています。製造プロセス最適化に強い企業も台頭し、ノーコードで使える業務特化AIも登場。専門知識がなくても導入できる手軽さが特徴で、中堅・中小の製造企業にもAIが急速に浸透しつつあります。
サプライチェーン
物流・サプライチェーン分野では、需要予測、在庫最適化、配送ルート最適化などでAIの活用が進んでいます。特に新型コロナ以降、サプライチェーンの脆弱性が露呈したこともあり、不確実性に対応できる「レジリエントなサプライチェーン」構築にAIが重要な役割を担っています。異常気象や地政学リスクを加味した予測モデルや、複数の調達先を動的に切り替える意思決定支援AIなど、従来の単純予測から一歩進んだ専門ソリューションが注目を集めています。
大企業AI担当者向けの訴求と実践
ここで、大企業のAI担当者に向けた効果的な訴求のポイントと実践について整理しておきましょう:
1. 投資対効果(ROI)の具体化
「AIを導入する」ではなく「このAIで○○の業務を△△%効率化する」と具体的なKPIとセットで提案することが重要です。導入前にROIシミュレーションを提示できれば、経営層への説明もスムーズになります。成功しているAIベンダーは、数値で効果を示せるソリューションに特化しています。
2. ドメイン知識で差別化する
自社の業界に詳しいAIベンダーを選ぶことが成功の鍵です。業界の専門用語や規制、業務フローを理解しているパートナーであれば、余計な説明が不要になり、プロジェクト全体の効率が高まります。
3. テンプレート資産の活用
一からカスタマイズするより、業界向けにある程度パッケージ化されたソリューションを持つベンダーの方が、導入スピードもコストも有利です。「すでに同業他社での導入実績がある」「業界共通の課題に対応したモジュールを持っている」といった点は重要な選定基準となります。
4. 段階的なアプローチ
全社一斉のAI導入より、特定部門での成功事例を作り、そこから横展開する戦略が効果的です。バーティカルに特化したAIベンダーは、こうした段階的アプローチを得意としているケースが多く、リスクを抑えながら効果を最大化できます。
かつての「なにかAIで新しいことをやりたい」というニーズに対して「何でもできます」と応えていた時代から、「この業界のこの課題を解決したい」というニーズに「この業界に特化した解決策があります」と応える時代へ。そのトレンドを理解し、自社のAI戦略に活かすことが今日の企業には求められています。
おわりに:ビジネス価値に直結するAIへ
「ホリゾンタルなAI受託事業も、バーティカル訴求時代」というテーマの通り、今やAIスタートアップに求められるのは汎用性より具体性、技術力より業界理解力と言えるでしょう。幅広いAI活用が一般化する中で、特定領域で深いソリューションを提供できる企業が生き残り、成長を遂げています。
展示会で聞かれたこんな声が現状を象徴していました。「もう『AIできます』では驚かれない。『この業界のこの課題をAIでこう解決します』まで言って初めてスタートラインに立てる」。
大企業のAI担当者もまた、「なにかAIで新しいことをして」という漠然としたミッションから、「この業務の○○という課題をAIで解決したい」という具体的な課題設定へとシフトしつつあります。汎用AIの時代から、バーティカル